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必要とされる、それでわたしは生きてる

by しの

仕事をしています。
接客業で販売で小売。

人と接することが好きだからだけでやっていける仕事でないことは入社3ヶ月でわかりました。
2年前の今頃入社をして、当時より当たり前だけれど仕事も覚えたし、1人でもある程度のことをできるようになりました。アルバイトなのに、色々な業務に携わらせてもらって、多くの仕事を覚えさせてもらって、アルバイトの領域じゃないとさえ思ってしまうほど。仕事を覚えることも楽しいし、アルバイトは何より大切って思うほど打ち込んでいるとは思う。


社員の人から役に立つ、使える、助かる、そう思ってもらえるということが生きがいになっているし、もしかしたら仕事を覚えたいというより誰かに必要とされたいから今の仕事を続けているのかもしれない。


でも、人は動く。
今のメンバーのまま10年先もやっていられるわけでは到底ないし、半年に1度は人事異動があり次々と人が入れ替わる。人が減ることもあれば、増えることもある。

そんな時、私は決まって同じことを考える。
「私がいる意味ってなんだろう?」

必要としてくれている人はいるのかもしれない。でも、もしその言葉がお世辞だとしたら。
ひねくれているのかもしれないけれど、例えば私が今の職場を辞めたとしても、明日からも店は営業するし、お客様にとっては関係のないことだったりする。3日もすれば、私がいなくなったことも通常に変わり、なんの変哲もない毎日がフロアには流れていく。

それはそれで構わないし、むしろ会社としてはそうでなくてはならない。
だけれど、心に不安がつきまとう。私は、そしてみんなは、一体何故職場にいるのだろう。

私はあくまで自分が楽しめること、そして一緒に働いている人の役に立てることを第一に働いている。
でも、それは人がいなければいないでなんとでもなることだし大して自分1人では大きな存在価値はない。

モチベーションをどこに保てばいいのだろう、とそんな気持ちがぐるぐるする。
ネガティブな思考ばかりが渦を巻く。



誰しも思うことなのかもしれない。人から頼りにされたり必要とされることが、生きがいになると。
普段の生活の中ではそう思っていなくとも、もし誰からも必要とされていなかったとしたら、生きていくのさえ困難なのだろうな、と。


誰かのために、自分は何かできているだろうか。
私が生きることが誰かの笑顔や元気のほんのひとかけらになれているだろうか。

必要とされていたい。必要とされるために頑張って生きていたい。


そう仕事をしながらふと考えていました。


しの
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