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楽しいことは続くから大丈夫だよ

by しの

小さい頃に宣言した夢を叶えられる人が羨ましくて仕方がなかった。どうして何十年もの間一つのものに邁進できるのだろうと思うと、「続ける」ということが苦手なわたしはよく自分自身を責めた。

わたしは、とにかくあるひとつのことに集中できない性格の子どもだった。5歳の時に始めたピアノは発表会前の先生の叱咤に恐怖を覚えて辞めたし、そのあとすぐに始めた水泳はせっかく上達したのに大会用のクラスに進級して順位がつくことが嫌になって辞めた。それから今までにわたしが思い描いてきた夢は、歌手、水泳選手、テニスプレーヤー、研究者、医者、薬剤師、役者と多岐にわたるけれど、それのどれもを途中で諦めてしまったし、自信を持って特技だと言えるようなことがないということにある日気がつくと、21年間の自分の人生を無意味に感じて途方に暮れたりした。

続けることは良いこと、辞めることは悪いこと。
だから、続けた子は良い子、辞めた子は悪い子。

学校で先生が教えてくれることは幼いわたしにとって絶対だったからか、続けた人は成功する人で辞めた人は失敗する人、その固定観念が抜けなかった。

興味はあるけど続かないから、秀でた特技というものも特に見つからない。その代わり、興味には素直に動いてきたから趣味と呼べるレベルものは割とたくさんあるし、結構色々な種類の話についていける。

そんな自分がすごく嫌いだった。
「自分にはこれしかないんです」って言ってそこにしがみつける人の方が数百倍は格好良く見えるし、テレビなんかのメディアで取り上げられる素晴らしい人生というのはまさにそういうものだから。

ほっといたのにやっていたこと

そんなわたしは小さい時、「詩集」と「名言集」の好きなこどもだった。本屋さんや図書館ではその手の類の本ばかりを集めて延々と読みふけっていた。

小学生の頃、夏休みの読書感想文だけは必ず毎年賞をもらえるジンクスみたいなものがあって、その賞状欲しさに求められてもいないのに感想文をいくつも書いて提出した。
作文の授業は毎回クラスの誰よりもたくさんの枚数を書いて先生から驚かれ、「もっとまとめることを覚えなさい」と諭された。

中学生になる頃には、雑誌の付録のノートを大切に持ち歩き、時間ができるとそこに自分で考えた「詩」を書き連ねていた。(今読み返すと、とても「詩」とは言い難いほど滑稽。)

授業中のノートを取るのは一番の得意なことで、カラーペンを駆使せずに黒赤青の3色で見やすいノートづくりに勤しんだ。ノート点の評価は必ず満点だった。

同時期にはアメーバブログを始めて、毎日必ず1記事は書いて更新をしていた。コミュニティはクラスの友人だけだったけれど、小さなブロガーになった気分で嬉しくて毎日更新し、気がついてみると3年間くらいは続いていた。

文章を「特技」と思ったことは一度もない

文章を書くことが好きであることは全く認識していなかったのに、わたしは必ず絵を描くよりもほとんどのことを言葉で表すようになっていた。それも、「発言」ではなく「執筆」というかたちで。

でも、それを自分の特技だと人に言ったことなど一度もなかった。読書感想文もレポートも、仕事にすることではないと思っていたから。

あくまでも、「なんだかいつもやっていること」その程度だった。

「好きを仕事にする」がわからなかった

高校3年生で進路選択を迫られた時、わたしの自分嫌いは最高潮に達す。
「やりたいこと」ができる場所と、言われたところで、当時のわたしは心理学、哲学、薬学、社会科学、数学、化学、英語、とにかくどんなことにでも興味があった。

進路のなかなか決まらないわたしは、恩師にこんな相談をした。

志望大学ってなに?どうしてみんな将来とか進路とか決められるの?

なんでも好きっていうことは、なんにも好きじゃないってことなんだよ

この言葉を突きつけられたわたしは、ひどく自分の18年間の人生を悔やんだ。もっと人に言えるような人生だったらよかったのに、と。

とはいえ、好きなことがなにかもわからないのに文系も理系もあったもんじゃない。わたしは学部はおろか、文理の選択すらできないまま高校3年生の11月を迎え、心底焦ることとなる。周りの人たちが続々と進むべき道を決めていく中で、わたしはその時にたまたま興味のあった舞台の学科に進学をした。

好きなことは意外と近くにあった

大学に入学しても、何が好きなのか、何も好きじゃないのか、その考えはとどまることを知らず、わたしはどんどんと負のスパイラルにはまっていた。色々なことを経験して、楽しいことも辛いこともしていたけれど、どんな時にでもわたしがやっていたことは、やっぱり「書くこと」だった。

気の赴くままにものを書き、推敲して、発信する。その流れをずっと繰り返していると、たまたまある日、その文章を読んでくれていたわたしの友人からこんな言葉をもらうことになる。

あなたの書く文章は温かみがあってとてもいいね。好きだな。

たった何気ない一言だったけれど、わたしはこの言葉に救われた。身近な人を文章で笑顔にできたことが、何よりも幸せだった。それが、わたしが文章を続けようと思う動機になった。

気がついたらそこにあるのかも

「続けられない」「好きが何かわからない」そんな人はたくさんいる。大学全入時代に突入した現代では、とにかく大学生になることが高校時代の目的でもあるから。そのおかげか、何を学びたいのか、自分は何者になりたいのか、ということに頭を悩ませる人はきっといるのだろう。

だからこそ思うことは、考えすぎないでいいということ。やりたいことは、気がついたらすぐそばにあるものかもしれないし、気がつかないだけなのかもしれないから。
きっと、気がついていないだけで、必ず自分のことを支えてくれるものだから。

私は改めて思う。
書くこと」を大切に生きていこうと。「好きなこと」で生きていこうと。


しの
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