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落ち着く先々と、違う香りが立ち込める中で

by 鈴木しの

「プーッッッ」と鳴り響く、車のクラクション。「ヴオンヴオン」と前後左右を走り抜ける、数えきれないほどのバイク。このまま歩いていたら、30分もしないうちに車とぶつかるなり轢かれるなりするのだろうと思ってしまうほど、台湾の道路では車とバイクとがパレードを開催していた。

できる限り大きな道路には出ないように、かつ、細かすぎる怖そうな小道には入らないように。周囲の様子を確かめながら、多くは手元の地図に目線を向けて一歩ずつ歩く。のちに「帰りたくない」「好きだ」「住みたい」とまで言い始める台湾の街だけれど、最初の印象はひたすら「怖い」だった。

あてもなく、ただ街をのんびりと歩く。
どこかへ行きたいとは思うものの、とくだんどこへ行きたいのかはわからない。ひとまず朝方を最後になにも口にしていなかったことを思い出して、なにかを食べられる場所へと歩みを進めることにした。

事前に台北に在住しているという知り合いに教えてもらっていたカフェの中から、ピンときた店舗を選ぶと、到着したのは、ラッキーにも今日泊まるゲストハウスから歩いて5分ほどの場所にあるさりげない佇まいのカフェだった。

「ニイハオ・・?」と、そろりとドアを押し開けながら、到着してから二度目の中国語を話す。出発前に「台湾では、“こんにちは”のことを“你好(ニーハオ)”とは言わないんだよ」と教えてもらっていたはずだけれど、そのくせ代わりの言葉は持ち合わせていなかった。

なんとなくジェスチャーでひとりであることを告げると、道路に面したカウンター席に案内される。スタッフさんから渡されたメニューから、なんとなく目についたチキンのリゾットを注文した。

グググっとおなかからくぐもった音が聞こえるのにも、やっと気がつく。とりあえず、心を平常運転に戻すためにさっとPCを開いてカタカタと仕事をしてみると、異常なくらいの胸の高鳴りも、いくらか落ち着いたように感じた。

席にコトリと置かれたリゾットをさっそく頬張ると、温かい素材の甘みと柔らかなスパイスの風味が身体に染み渡る。

まだまだこわばる身体に向けて、「大丈夫、ここは東京から3時間のちょっと遠くのご近所さん。怖がらず、素直に、感じたことを楽しんだらいいんだよ」と心の中だけでそっと語りかけた。初めて、というのは、想像以上の不安と緊張と高鳴りを覚えるものなのだ。焦ることは、ない。

これから先のこと、行く場所、食べるもの、いろいろな楽しみに考えが寄り道ばかりする。2時間ほど仕事と考えごとを繰り返して、今日泊まるゲストハウスのオーナーからの「シノ、どこにいる?何時頃に着く?」の合図と同時に、たくさんの楽しみにいったんそっとフタをして店を出た。

「シェイシェイ、バイバイ!」と背中越しに聞こえたスタッフさんの声を聞いて、「台湾でも、バイバイっていうのか」なんて考えながらゲストハウスへと向かう。到着したのは、たぶん、たぶんだけど、ゲストハウスには到底見えない少しさびれた雑居ビルだった。


鈴木しの
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